1969年生まれの綴り✍️
『一本の串揚げ あとがき』
✍️串揚げストーリー
いかがでしたか?
きっと最終章で
拍子抜けしたことでしょう(笑)
結局青奈は ‘串揚げ’ なんです。
‘串揚げ屋のオヤジ’ でいいんです。
↑コレ、前向きな発言です。
…
どういうわけか?
よく
京都や銀座を引き合いに出されたり、
おまかせコースをリクエストされたり、
(↑和食の、ね。)
…けっこう困るんですよ(笑)
わたくしは凡人板前です。
…
そもそも自分の中では、
京都は ‘新撰組’
銀座は ‘カッコマン・ブギの歌い出し’
🎤 銀座・原宿・六本木 🎵🎸
↑ダウン・タウン・ブギウギ・バンド。
つまりは、
京都や銀座で
日本料理や割烹料理を食ったことね〜(笑)
その前に、
京都も銀座も行ったことね〜(笑)
さらに、
馬鹿正直な心の声を出しちゃうと、
京都にも銀座にも 興味ね〜(笑)
※いち国民としての個人的意見です🙇♂️
好きなのは 上野と浅草です♪
毎日、
‘昆布と鰹節の天然だし’ 引いてます。
‘焚き合わせ’ も 仕込んでます。
だけど、
串揚げ屋のオヤジでいいんです。
串揚げだって立派な料理です。
[ザ・串揚げ]ページをご覧下さい。
↑アピール(笑)
【まとめ】
居酒屋以上で高級店未満の
『串揚げメインの大衆割烹』
それが青奈という店です。
お仕事帰りにでも
気さくに寄って下さい。
お好きな串揚げを
💁♂️一本だけでも大歓迎です。
🎬追記・青奈オヤジのどーでもイイ話し。
1986年当時わたくし青春の高校2年生。
↑‘不適切にもほどがある’ ドンピシャ👍
‘ブギウギ’ 朝ドラ史上最高傑作(個人的に)
録画鑑賞がささやかな楽しみなオヤジです。
令和六年3月7日の綴り✍️
『一本の串揚げ 最終章』
割烹店に入った18の時、
当時の夢は
‘バンドでデビュー’
‘叶った時を想定’
↓
自分の歌がCMで起用され、
オリコンチャート急上昇。
ザ・ベストテン初登場第9位。
出演を断るも 所属事務所に説得され
2回目くらいで出演(←この時 第4位)
歌う前 黒柳さんと久米さんに、
「デビュー前は板前さんだったそうで」
と、番組が用意した魚をサーっと捌いて、
それでは今週の第4位と🎤歌に行く。
⚠️↑妄想の話しです。
板前修業に入った動機は不純って事(笑)
割烹店を辞めた後は バンドに明け暮れ
一時期 職業も ‘ブレて’
結果 何をやっても長続きせず、
やっぱり料理の仕事がイイと痛感した。
何かで痛感した時に浮かぶ歌は 決まって、
泉谷しげるさんの名曲 ‘春のからっ風’
🎤今度こそ 真面目に やるんだ〜🎵
(↑2番の サビに行く前の歌詞)
そんなこんなで 料理の世界に出戻り
料理と本当に真剣に向き合った。
そして ‘一本の串揚げ’ と出会った。
【たかが串揚げ されど串揚げ】
青奈オヤジ満54歳
宇都宮の ちょいと街外れで
今日も老眼鏡かけて 串揚げ 揚げてます。
掲載📸は
世界一憧れの
シンガーソングライター
ササキカズヤさん。
⚠️青奈オヤジでは ありません。
自分 こんなカッコよくありません(笑)
令和六年2月28日の綴り✍️
『一本の串揚げ 第三章』
これは青奈オヤジが
まだ30代前半の頃に挑んだ
ノンフィクション
串揚げストーリーです。
【第三章 これだ〜】
第二章からの流れで行くと
青奈オヤジの串揚げ業(わざ)の、
‘㊙︎大公開’ と なってしまう。
↑嫌じゃ〜 (笑)
ここは ザックリ✍️綴りましょう。
串揚げらしい串揚げにならない。
あの串揚げ屋さんの職人さんが
教えてくれるハズもない。
通ってパクる?
そんな ‘ナメた事は できません’
俠(おとこ)ですから。
第一の難関 ‘衣の食感’ 🤔
一度 頭から ‘揚げ物’ を外してみた。
基本に戻ってみた、揚げ物の基本ではなく、
☝️‘料理の基本’ に。
滑らかな 口当たりと 軽い食感
…んっ⁉︎ 💡もしかして!(◎_◎;)
そう まさに その ‘もしかして’ だった。
割烹でも フレンチでも やる手仕事だった。
↑
割烹店での修業時代に ‘会席料理’ で
何度も やった仕事だった。
すっかり忘れてた〜(反省)
やっぱり基本に勝るモノはない(しみじみ)
そして ‘ひと手間’ の積み重ねだ。
食材や調味料の組み合わせではなく、
‘めんどくせー ひと手間’ だ。
こうして ‘これだ〜’ って ‘衣’ が できた。
あの串揚げ屋さんとは ‘また違う 衣’ だ。
あの串揚げ屋さんとは 違うが、
✊自信を持って ‘美味しい衣’ ができた。
青奈オヤジの串揚げ確立まで あと少し。
次回いよいよ
『一本の串揚げ』最終章。
つづく
📸掲載写真は、
青奈オヤジ長年愛用の ‘串揚げ道具’
昔ながらの厚底鉄鍋と長い揚げ箸。
※毎日洗って帰ります。
↑あたりまえですが。
令和六年2月23日の綴り✍️
『一本の串揚げ 第二章』
すっかり串揚げの虜になった
当時30代前半 青奈オヤジの
ある部分 暴露本(笑)
✍️綴ります。
それでは、
【第二章 舐めんなよ串揚げ】
時間、お金…
‘他店食べ歩き’ など そう頻繁にできない。
ならば、
あの店の串揚げの味わいの ‘記憶を頼り’ に、
試しに やってみるか〜。
二流だろうが 凡人板前だろうが、
18歳から割烹店で下積みと基本は やった。
割烹店の揚げ物と云えば
天ぷら、唐揚げ(主に魚介)、
更に突然やらされた(←クソ忙しい中・笑)
献立に無い チキンカツ!(◎_◎;)
↑魚が食べれない客用。
…修羅場は くぐってきた(←つもり)
いってみよう!(←いかりや長介 か👋)
30代の頃勤めていた店で、
この職種の特権か?職権濫用か?(笑)
経営者の目を掻い潜り(笑)
串揚げを作り
調理場の仲間達と一緒に試食。
見た目は上品で旨そうに揚がった。
ひと口目 サクッとくる(←いい感じ)
が しかし、衣の食感が重い、
出ない⁉︎ あの食感が…
‘舐めんなよ 串揚げ’ (←自分に)
📸掲載写真は
朝ドラ再放送 さくら より 引用
三寺まいりに納めるローソク作りに挑む若旦那と
婆様の漬物作りの🎬シーン。
令和六年2月21日の綴り✍️
『一本の串揚げ 第一章』
今更ながら、
わたくしめの ‘串揚げ’ を
✍️綴ります。
ある部分 青奈オヤジの暴露本(笑)
それでは、
【第一章 出会い】
時は20年以上も前の話し。
宇都宮市内の割烹料理店で
基本の修業を得た後、
いろんな飲食店で働きながら、
ただ漠然と
‘自分の店を持ちたい’
そんな毎日を送っていた。
その頃 思い描いていたのは、
“ロック🎙️テイストな割烹”
(↑なんじゃそりゃ?笑)
‘創作和食 と BARみたいな内装’
(↑今の俺じゃありえない笑)
※これでも わたくし 元ロッカー、
シンガーソングライター(←元 ね)
そんな頃 知人に招かれ訪れた
こじんまりとした 某 串揚げ屋さん。
とっても清潔な小上がり座敷。
‘お好み’ で 一本から注文できる。
揚げたてを ‘一本ずつ’ 席まで運んでくれる。
‘人生初の串揚げ’ だ。
TVで観るソウルフード串カツとは違う感じ。
トンカツやフライとも また違う。
トッピングなどの演出もない。
…
軽い食感で やさしい口あたり。
揚げたて熱々 思わずハフハフ。
串揚げというか、
ちょっとイイ 天ぷら屋さんのお座敷で
上品な天ぷらを食べているような錯覚!(◎_◎;)
その美味しさと綺麗さの虜になった
その時、
わたくし青奈オヤジ まだ30代前半だった。
つづく
令和六年2月16日の綴り✍️
